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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)3号 判決

原告 城戸亮

被告 郵政大臣

主文

本訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、請求の趣旨として、

一、被告郵政大臣が昭和三十一年十一月三十日訴外九州朝日放送株式会社に付与した十キロワツト標準放送局開設免許並びに昭和三十三年三月二十四日同会社に付与したテレビジヨン放送局開設の予備免許は無効であることを確認する。

二、被告郵政大臣が昭和三十四年二月十五日右訴外会社に付与したテレビジヨン放送局開設の免許はこれを取消す。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、

その請求原因として、

第一、原告は被告郵政大臣が昭和三十一年十一月三十日訴外九州朝日放送株式会社(以下九州朝日放送と略称)に対して為した十キロワツト標準放送局開設の免許が無効であること並びに昭和三十三年三月二十四日同訴外会社に対して為したテレビジヨン放送局開設の予備免許は為すべからざることを希望して既に昭和三十二年十月一日頃より異議を述べ来り、又昭和三十二年十月十四日には訴願書と題する書面を以て郵政省電波監理審議会会長松方三郎並びに当時の郵政大臣田中角栄に対し異議を申立て、次で昭和三十三年十一月一日附を以て被告郵政大臣寺尾豊に対し請求の趣旨一、記載の免許は無効であることの確認を求める旨の申立書を提出した。

(一)  その第一は、被告郵政大臣村上勇が昭和三十一年十一月三十日九州朝日放送に対して条件附で交付した十キロワツトラジオ放送局開設の免許は無効であることを確認する(遅くとも昭和三十四年の右に対する更新継続の免許は拒否さるべきこと)と言うのであつて、その理由とするところは右放送局開設免許の対象となつた九州朝日放送の「支配力構成」が第三項以下記載の通り違法、不当、不公正に法令及びその制限に反して変改されている事実は、この免許に附せられた「経営の自主性を永久に保持すべし」との基本的な条件が破棄せられ、基本方針において強く排除されている「特定勢力の独占的支配」の違法を示すものであり、かつ今日の同会社には原告の全く予期しない法令又は制限条件等の根本的な違反が存するものである、と言うのである。

(二)  その第二は、被告郵政大臣田中角栄が昭和三十三年三月二十四日右訴外会社に対し為したテレビジヨン放送局開設の予備免許は無効であることを確認する(遅くとも来る昭和三十四年三月に予定される本免許は拒否さるべきこと)と言うのであり、その理由とするところは、右会社は後記の通り既にその存立要件として課せられた「経営の自主性」を失つており、且つテレビ予備免許に必要な条件(資本構成、支配力構成、その他の制限)に違反せる事実があり、これは放送法、電波法、周波数割当の基本方針等の法令にも根本的に違反するものである、としたのであつた。

(三)  これに対し被告郵政大臣寺尾豊は昭和三十三年十二月二十四日附却下処分書を以て「昭和三十三年十一月一日に提起された九州朝日放送株式会社に対する十キロワツト標準放送局免許の附与及びテレビジヨン放送局予備免許確認に関する異議申立は、電波法第八十四条の規定により却下する。」との裁決を為し、その理由として「一、本件処分によつて、直接に申立人の権利又は利益が侵害されたものとは認められない。二、本件異議申立は、電波法第八十三条第二項ただし書の法定期間(処分の日から六十日以内に申立をすること。)を経過している。以上の理由により、本件に対する異議申立はできないものと認める。」と謂うのである。

第二、訴外九州朝日放送に対する被告郵政大臣(当時田中角栄)の昭和三十二年十月二十二日附郵政業第一、二五六号(D二四〇―一)条件附予備免許に拠るに、同被告は右訴外会社に対し「昭和三十一年十二月二十七日附申請の福岡県福岡市長浜町一丁目六番地及び七番地に設置するテレビジヨン放送局の開設に対し、電波法第八条の規定により、左記のとおり指定し及び条件等を付して予備免許を与える。ただし、昭和三十三年三月末日までの間において別途決定する日までは予備免許の効力の発生を停止し、右の決定が三月末日までになされないときは、予備免許はその効力を失う。」としたのであるが、その条件等は、次の通りである。(内示文書と略称)

第一  指定事項(略)

第二  条件

条件(その一)

資本及び役員に対し、申請書記載のとおり実行したときは、遅滞なく、創立総会、株主総会又は取締役会の議事録その他の事実を証する資料を提出すること。(注 本予備免許の効力発生の期日は、右の事実の確認により決定せられる。)

条件(その二)

(第一)主体的条件

一、地域社会との結合

資本的及び人的に、一般テレビジヨン放送局を開設しようとする地域社会と密接に、かつ、公正に結合していること

二、一般テレビジヨン放送事業の規模及び事業相互の関係の公正化

1、放送区域を同じくする場合(略)

2、放送区域を異にする場合

(一) 一の一般テレビジヨン放送事業者が、放送区域を異にするテレビジヨン放送局を二以上開設しないこと。ただし、一のローカル地域社会を二以上に分つてそれぞれを放送区域とする局を開設する場合を除く。

(資本の制限)

(二) 一の一般テレビジヨン放送事業者(共通の支配又は被支配関係にある多数の者を含む。)が、放送区域を異にする他の一般テレビジヨン放送事業者の資本の十分の一以上を所有しないこと。ただし、自社の結成基礎たる一のローカル地域社会内であつて自局の放送区域外の地域を放送区域とする他の一般テレビジヨン放送事業者に経営参加をする場合を除く。

(三) 一の一般テレビジヨン放送事業者(共通の支配又は被支配関係にある多数の者を含む。)が放送区域を異にする他の四以上の一般テレビジヨン放送事業者のそれぞれの資本の十分の一未満百分の一をこえて、同時に所有しないこと。ただし前記(二)ただし書の経営参加をする場合を除く。注 十分の一以上の場合は前記(二)参照。

(役員の制限)

(四) 一の一般テレビジヨン放送事業者の代表権を有する役員が、放送区域を異にする他の一般テレビジヨン放送事業者の代表権を有する役員を兼ねないことただし、前記(二)ただし書の経営参加をする場合を除く。

(五) 一の一般テレビジヨン放送事業者の役員が、放送区域を異にする他の一般テレビジヨン放送事業者の役員(取締役)の総数の五分の一をこえて兼ねないこと。ただし前記(二)ただし書の経営参加をする場合を除く。

(六) 一の一般テレビジヨン放送事業者の常勤の役員又は各部門の長その他の常勤の主要職員が放送区域を異にする他の一般テレビジヨン放送事業者の役員又は主要職員を兼ねないこと。ただし前記(二)ただし書の経営参加をする場合を除く。

(七) 一の一般テレビジヨン放送事業者の多数の職員が放送区域を異にする他の一般テレビジヨン放送事業者の職員を兼ねないこと。ただし前記(二)ただし書の経営参加をする場合を除く。

(八) 一の一般テレビジヨン放送事業者の役員が、放送区域を異にする他の四以上の一般テレビジヨン放送事業者のそれぞれの役員(取締役)の総数の五分の一以内十分の一をこえて兼ねないこと。注五分の一をこえる場合は、前記(五)参照。

(九) 特定の者(共通の支配又は被支配関係にある多数の者を含む。以下同じ。)(地方公共団体を除く。)が、放送区域を異にする他の五以上の一般テレビジヨン放送事業者のそれぞれの役員(取締役)の総数の十分の一をこえて兼ねないこと。

三、放送事業体内の役職員兼務の公正化

(役職員の兼職の制限)

1、一新聞事業者その他特定の者(共通の支配又は被支配関係にある多数の者を含む。放送事業者を除く。)が一般テレビジヨン放送事業者の役員(取締役)の総数の五分の一をこえて、兼ねないこと。

2、一般テレビジヨン放送事業者の代表権を有する役員が、新聞事業者の代表権を有する役員を兼ねないこと。

3、一般テレビジヨン放送事業者の常勤の役員又は各部門の長その他常勤の主要職員が、新聞事業者の役員又は主要職員を兼ねないこと。

4、一般テレビジヨン放送事業者の多数の職員が、新聞事業者の職員を兼ねないこと。

5、前記2から4までの条項の趣旨は、その他のマスコミニユケーシヨンの事業を行う者(放送事業者を除く。)との関係においても、つとめてこれを尊重すること。広告代理事業者及び無線通信機器製造事業者との関係においても同様であること。

(第二)事業の実施(略)

第三  特記事項

申請書に記載された次の事項は、これを確保するよう特に配意されたい。

(資本の制限)

一、特定の者(共通の支配又は被支配関係にある多数の者を含む。以下同じ。)(地方公共団体を除く。)が、放送区域を同じくし又はその大部分を共通にする二以上の、一般テレビジヨン放送事業者のそれぞれの資本の五十分の一をこえて、同時に所有しないこと。それぞれの資本の百分の一をこえて同時に所有することもつとめて少くすること。

二、特定の者(地方公共団体を除く。)が、放送区域を異にする五以上の一般テレビジヨン放送事業者のそれぞれの資本の十分の一未満百分の一をこえて、同時に所有しないこと。注 十分の一以上の場合は、後記三参照。

三、一新聞事業者その他特定の者(放送事業者を除く。)が、一般テレビジヨン放送事業者の資本の十分の一以上を所有しないこと。ただし、地方公共団体が出資する場合を除く。

(外国性の排除)

四、電波法第五条第一項第一号から第三号までに掲げる者が、資本の十分の一以上を所有しないこと。

法人又は団体であつて、電波法第五条第一項第一号から第三号までに掲げる者が、資本の四分の一以上を所有しているものによつて、一般テレビジヨン放送事業者が直接又は間接に支配されないこと。

第四  合同勧告

申請書記載のとおり、株式会社テレビ西日本(発起人代表富安三郎)となるべくすみやかに合併できるよう特段の配意をすることを希望する。

としたのであつた。

第三、前記の免許並びに予備免許に対する原告の異議申立理由としての具体的事実の陳述は以下第五項まで記載する所と同様であつた。即ち

(一)  原告は訴外九州朝日放送の株主であり、昭和二十八年八月右会社設立以来同会社の取締役であり、昭和二十九年七月以降同会社の常務取締役であつた。

(二)  右訴外会社は昭和二十八年福岡県久留米市において地元有志の発起により、同年八月一キロワツト放送局開設の予備免許を受けると共に本店を同市に置き設立された一般放送商業放送並びに商業テレビジヨン放送を営むことを目的とした会社である。

(三)  昭和三十一年十一月三十日被告郵政大臣(当時村上勇)より「経営の自主性を永久に保持すべし」との基本的な要件を附して十キロワツト標準放送局開設の免許を受けるとともに本店を福岡市に移転した。

(四)  次で昭和三十一年十二月二十七日被告郵政大臣(当時平井太郎)に対し、福岡市及び八幡市にテレビジヨン放送局開設免許の申請を為したところ、紆余曲折を経て、漸く昭和三十二年十月二十二日被告郵政大臣(当時田中角栄)より前項に述べる郵放業第一、二五六号(D二四〇―一)の文書記載の通り条件を附して、福岡市にテレビジヨン放送局開設の予備免許があり、昭和三十三年三月二十四日附にて前記書面に記載された確認書の交付を受け、これによつて右予備免許の効力が発生したものである。

(五)  然るところ、右訴外会社に対する十キロワツト標準放送局開設の免許及び福岡テレビジヨン放送局開設の予備免許には第四項以下に陳述するところの如く、被告郵政大臣より課せられた存立要件を喪失し且つ第二項に述べる郵放業第一、二五六号の条件又は制限に違反するものであるから、何れも無効であり、及びその更新継続の免許又は本免許は何れも為し得べからざるものである。

第四、訴外九州朝日放送の資本構成の違法

右訴外会社発足当時、会社が発行する額面株式の一株の金額は金一千円にして、昭和三十二年八月増資直前の発行済額面株式の総数は六万二千株、資本の額は金六千二百万円であつたが、昭和三十二年八月一日に発行済額面株式の総数は九万九千株、資本の額は金九千九百万円に増資されたものである。然るところ、同年十月六日被告郵政大臣よりテレビ免許に関する資本の構成について次の如き条件が提示された。

1、九州朝日放送は朝日テレビジヨン放送株式会社及び九州テレビジヨン放送株式会社を吸収合併すべきこと。

2、九州朝日放送は資本の構成に関し倍額以上の増資をすべきこと、その増資の内訳は九州朝日放送二割、朝日テレビジヨン放送は五割、九州テレビジヨン放送は三割となるよう割当つべきこと。

3、出資制限として一新聞社の出資額は増資後の払込資本額の一割以下であること。

そこで、右訴外九州朝日放送においては同年十月二十一日福岡市において開催された取締役会において、右条件を確認して、金一億一百万円の増資をすることとし、同年十一月二十二日福岡市に臨時株主総会を招集して、新株式金一億百万円発行の件を決議し、新株式十万一千株の内五万五百株は朝日テレビジヨン放送(代表者村山長挙)に、三万三百株は九州テレビジヨン放送(代表者金子道雄)に優先的に割当てられることになり、昭和三十三年二月一日右の通り増資を完了したのである。

然しながら、右朝日テレビとと株式会社朝日新聞社(以下朝日新聞と略称)が同族の事業体であることは明らかな事実であるにも拘らず、被告郵政大臣が一新聞社の出資を一割に制限しながら、朝日テレビに対し五割負担の条件を提示したことは自体矛盾撞着であるが、右増資の結果資本の構成は、訴外九州朝日放送独自のもの金一億一千九百二十万円、朝日テレビ(朝日新聞)金五千五十万円、(二五・二五%)、九州テレビ金三千三十万円となつたのである。

朝日新聞は当時既に、訴外九州朝日放送に対し金七百五十万円の出資をしており、金二億円に増資後の新聞社の出資制限である一割の条件に従えば、金二千万円を出資し得るに止まるので、増資に際しては金一千二百五十万円しか出資することができないのに拘らず、朝日テレビの名の下に金五千五十万円、即ち四倍以上を出資したのは、前記内示文書の第三特記事項中(資本の制限)第三項の規定に違反するものである。

然るにこれを看過して、訴外九州朝日放送に対し確認書を交付し予備免許を与えた被告郵政大臣の処分は無効である。

第五、訴外九州朝日放送経営に関する支配力構成の違法

(一)  前記昭和三十二年十月六日の被告郵政大臣の条件提示において、資本構成に関連して増資後の取締役の構成については、訴外九州朝日放送、朝日テレビ、九州テレビの三者間で協定するよう指示せられ、右協定の結果九州朝日放送六朝日テレビ二・五、九州テレビ一・五の割合で取締役を構成することになり、これを被告郵政大臣に誓約した上昭和三十三年二月二十二日福岡市において開催された臨時株主総会において左記二十名の者が、取締役に選任されたのであつた。

団伊能   神戸岩男 金子末男

矢野伊三見 渡辺哲幹 足立斌

川添秀雄  富安賢吉 高野信

石橋進一  牛島慶二 渡辺精三

立石泰輔  占部禎一 中牟田喜一郎

木村重吉  伊藤八郎 香月保

金子道雄  樋口光明

右の協定によれば、朝日テレビ即ち朝日新聞関係では五名であるべきに拘らず、事実上は左記の通り七名の多きに達している。

神戸岩男  元朝日新聞常務取締役

渡辺哲幹  元朝日新聞西部本社編集局次長

矢野伊三見 元朝日新聞東京本社広告部長

川添秀雄  元朝日新聞名古屋本社広告部長

高野信   朝日新聞西部本社代表

香月保   元朝日新聞大阪本社編集局長

立石泰輔  元朝日新聞東京本社広告部長

更に、前記内示文書の条件の(その二)第一主体的条件、三放送事業体内の役職員兼務の公正化(役職員の兼職の制限)1によれば、一新聞事業者その他特定の者(共通の支配又は被支配関係にある多数の者を含む。第三特記事項(資本の制限)一特定の者参照)(放送事業者を除く。)が、一般テレビジヨン放送事業者の役員(取締役)の総数の五分の一をこえて、兼ねないこと、と規定されているので、訴外九州朝日放送の取締役中所謂朝日人は四名を超えてはならないにも拘らず七名に上つているのは、明らかに支配力の構成に関する制限違反である。

而して右訴外会社の臨時株主総会において、前記二十名の者が取締役に選任されるに至つた事情は、訴外会社における一キロ及び十キロワツト標準放送局開設の免許獲得については、原告の努力が大いに貢献し特に十キロワツト標準放送局開設の免許工作については右会社は原告を折衝の責任者とし、時の郵政大臣は事実上の経営の責任者として取扱われたものである。且又テレビジヨン放送局開設の免許獲得についても、原告は当時右訴外会社の常務取締役として申請工作の全責任を負担して東奔西走し尽粋していたところ、昭和三十二年七月時の郵政大臣平井太郎より、訴外九州朝日放送と同時頃申請していた西日本テレビ株式会社と提携するよう勧告され、若しこれに応じなければ棄権したものとして免許しないという内示を受けるに至つた、これは極めて重大な事態であるので、当時の取締役会長団伊能及び訴外会社社長本間一郎と協議しその指示の下に、その頃訴外九州朝日放送に対し徐々に勢力を伸ばして来ていた朝日新聞の諒解を得て、右西日本テレビとの提携に関する覚書を作成して被告郵政大臣に提出したのである。然るに、その直後朝日新聞より西日本テレビとの提携に関して九州朝日放送に対し苦情が持ちこまれ、右朝日新聞の圧力は、原告を九州朝日放送より追放するという形を取つて表面化し、遂に、原告は九州朝日放送より事実上追放されるに至り、前記昭和三十三年二月二十二日の臨時株主総会に於ては、朝日新聞一辺倒となつた団伊能議長より、虚構の理由の下に不法にも一方的に押しまくられて、原告は勿論、九州朝日放送生え抜きにして十キロワツト標準放送局免許当時の取締役であつた本間一郎、中原繁登、升川正太、重松角太郎、大賀得一郎、平岡計太、丸山豊、古賀義夫、福山茂樹等は何れも取締役に選任されず、前記朝日人が七名の多きに上る極めて不公正且つ違法な取締役選任決議が為されたのである。

(二)  以上の事態は、九州朝日放送における経営に関する資本の構成並びに支配力の構成において、朝日新聞がその実権を掌握していることであり、九州朝日放送の自主性はこれを見出し得ないのである。特に、現職七名の取締役の内代表権を有する専務取締役一名、編成と業務を担当する常務取締役二名、取締役業務部長一名の枢要機関が朝日人四名によつて占められていることの不当であることは、被告郵政大臣の附した「経営の自主性保持」の要件が、かかる事態の出現を予防するに在つたことに徴し、極めて明らかであり、九州朝日放送は右の条項を無視する違法を敢えてしたものである。

(三)  九州朝日放送は、第三の(二)に述べる如く、福岡県久留米市を中心とする同地方の有志により、地方性を堅持した放送事業体として発足したものであるが、その当時殆んど見向きもしなかつた朝日新聞が、昭和三十一年十月十キロワツト放送の免許を受ける頃から、九州朝日放送及び地方性とは何等の関係もない元朝日新聞常務取締役神戸岩男を専務取締役に、同社名古屋本社広告部長川添秀雄を取締役業務部長に送りこんで、次第にその勢力を滲透させ、遂にテレビ免許を機として当該地域を代表する九州朝日放送生え抜きの現業取締役を放逐し、全面的に実権を握るに至つたことは内示文書の条件(その二)(第一)主体的条件第一項地域社会との結合「資本的及び人的に一般テレビジヨン放送局を開設しようとする地域社会と密接に、且つ公正に結合していること」にも背反しているものである。

(四)  次に内示文書の条件(その二)第三特記事項第二項には「特定の者(共通の支配又は被支配関係にある多数の者を含む。地方公共団体を除く。)が、放送区域を異にする五以上の一般テレビジヨン放送事業者のそれぞれの資本の十分の一未満百分の一をこえて、同時に所有しないこと。」との制限が附されているが、朝日新聞社は左記の如く九社にのぼる放送事業者に対しこの制限を超えた資本を注入し、役員を送つている。これは明らかに右資本の制限に対する違反である。

1、株式会社ラジオ東京

2、信越放送株式会社

3、朝日放送株式会社

4、株式会社ラジオ中国

5、九州朝日放送株式会社

6、長崎放送株式会社

7、日本テレビ放送網株式会社

8、大阪テレビ放送株式会社

9、西日本テレビ放送株式会社

(五)  更に内示文書の条件(その二)(第一)主体的条件第二項には、一般テレビジヨン放送事業の規模及び事業相互の関係の公正化、2、放送区域を異にする場合、(六)には「一般テレビジヨン放送事業者の常勤の役員又は各部門の長、その他常勤の主要職員が、放送区域を異にする他の一般テレビジヨン放送事業者の役員又は主要職員を兼ねないこと」と規定されているが、第五項(一)に述べる九州朝日放送の取締役の内立石泰輔は現在朝日放送株式会社の常務取締役を兼務している。これは明らかに右制限の違反である。右立石泰輔は昭和三十三年十一月二十一日に九州朝日放送の取締役を辞任しているが、これは予備免許確認の際における九州朝日放送の右制限違反を治癒するものではないからこの辞任の有無に拘らず、予備免許確認は依然として無効である。

第六、かかる事態において、訴外九州朝日放送に対して十キロワツト標準放送局開設免許の効力が継続され、又テレビジヨン放送局開設の免許が与えられることは、電波法第七条第一項第四号に基く放送局の開設の根本的基準第三条第一号及び第四号の規定に違反し、放送用周波数の割当計画基本方針に所謂特定勢力の排除ということは全く望み得られず、延いては、電波法第一条に定められている電波の公平且つ能率的な利用を確保することによつて、公共の福祉を増進すること、及び放送法第一条第二号の放送の不偏不党真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること、同第三号の放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること等の目的は、得て望まれないところである。

第七、被告郵政大臣は昭和三十四年二月十五日訴外九州朝日放送株式会社に対しテレビジヨン放送局開設の免許を付与したので、原告はこれに対し同月二十六日附を以て異議の申立を為し、その理由とするところは、前記第三以下に述べる事項と同じであるが、被告郵政大臣は右異議申立に対し同年四月七日附を以て「九州朝日放送株式会社に対して付与したテレビジヨン放送局の免許によつて、申立人の権利又は利益が直接侵害されたものとは認められない」として却下処分をしたのである。

然るに、右却下処分は前記第二以下に述べる理由により不当である。

依つて、原告は、請求の趣旨記載の如き判決を求める為め本件訴訟に及んだ次第である。

と述べ、

原告の訴の利益は、単に原告が訴外九州朝日放送の一株主であるということのみに存するものではない。そもそも被告が同会社に十キロワツト標準放送局開設の免許を付与したのは、当時の同会社において、取締役社長本間一郎、常務取締役原告を経営責任者として経営の自主性並びに経営形態を保持すべきことを条件としたものであつたことは、当時の申請書類、免許条項等の記録及び郵政当局の言明に照して明白である。したがつて、原告は十キロワツト標準放送局開設免許に伴う利益享受の権利を有し、その経営を保持する義務を有していたのである。しかるに、前記の如く、現社長団伊能等の不法な圧力により、訴外九州朝日放送は原告に対し退任を強要し、支配力並びに資本の各構成に不自然かつ根本的変化を招き、指定条件に違反しているのである。被告がテレビジヨン開設予備免許に附した指定条件も、前記十キロワツト標準放送局開設免許当時の経営権を保持すべきことを要求しているが、右も、訴外九州朝日放送の原告に対する経営権の剥奪により、遵守されていない。被告は、右の如き訴外九州朝日放送の原告に対する経営権侵害の事実を知悉しながら、同会社に対しなんら適正な処分をすることなく、前記テレビジヨン放送局開設の予備免許及び本免許を付与したのである。処し被告郵政大臣にして前記のとおり経営の自主性が失われ資本力並びに支配力の構成に違法を侵している九州朝日放送に対しかかる無効の免許を付与しなかつたならば、且つ又かかる免許が無効であることが御庁において確認されるならば、原告の同会社における名誉と経営権は、これを回復するに日時を要しないのである。原告が同会社の取締役としてその業務を担当できるか否かは、同会社内部の問題であつて、被告がこれに関与すべき筋合のものではないとして、同会社の指定条件違反の違法状態を放置することは到底首肯し得ないところである。右の次第であるから、原告は本訴請求につき正当な利益を有するものである。

と附陳した。(証拠省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、その理由として、行政処分の無効確認もしくはその取消を求めうるためには、該処分によつて自己の権利が侵害せられたものであることを必要とするものであるが、本件において、原告の主張によれば、被告が訴外九州朝日放送に対してなした十キロワツト標準放送局開設免許、テレビジヨン放送局開設予備免許、テレビジヨン放送開設免許によつて、原告の侵害せられた権利もしくは利益なるものは、原告の同会社における設立功労者としての名誉とその経営を担当すべき権利である。しかし、被告は、右各免許をなすに当つて、原告が同会社の経営担当者であることを要求もしておらず、希望もしておらない。被告は、放送事業の健全なる発達のために、免許人の財政的基礎の確実であることとその放送内容が不偏不党であることについては多大の関心を寄せているが、進んで免許人の経営自由の領域にまで立ち入つて、特定の者を経営に参画せしむべきこと或はその経営より排除すべきことを要求する権利まで保有しているものではないのである。したがつて、原告が九州朝日放送の取締役としてその業務を担当できるか否かは全く同会社内部の問題であつて、これに被告が関与すべき筋合のものではない。ましてや被告が同会社に対してなした前記各免許と原告が同会社の取締役を解任せられたことはなんらの関係もないのである。原告は、「被告が訴外九州朝日放送に対し無効の免許を付与しなかつたならば、且つ又かかる免許が無効であることが裁判によつて確認されるならば、原告の同会社における名誉と経営権はこれを回復するに日時を要しない。」というが、免許の取消またはその無効確認の判決があつたからといつて、それだけで直ちに原告のいう利益もしくは権利が回復せられるものではない。しからば原告の本訴請求は訴の利益を欠く不適法なものであるから、却下さるべきであると述べた。(証拠省略)

理由

訴により行政処分の無効確認若しくはその取消を求め得る者は、当該行政処分により直接自己の権利又は法律上の利益を侵害された者に限られるところ、本訴において原告の主張するところは、九州朝日放送が被告の附した「経営の自主性」を失い、朝日新聞の全面的支配下にあるので、本件各免許は不当無効のものであるというに帰するのであるが、原告が右会社の取締役としてその経営に参画できるか否かは、同会社が自主的に決定すべき会社内部の問題であつて、被告は本件各免許をなすに当り、原告を右会社の経営に参加せしむべきこと、あるいはその経営より排除すべきことを要求ないし希望していないことは原告の主張自体に徴して明らかであるから、原告が同会社の取締役を解任されたことを以て本件各免許の責に帰するわけにはゆかない。しかして右会社の経営実態が上記のとおりであるとしても、それは本件各免許を与えた被告の行政責任を生ずるに止まり、これを是正するために憲法その他の法令で右会社の株主ないし一般国民に出訴を許した規定はないのである。してみると原告の本訴請求は訴の利益を欠く不適法なものであるから、爾余の判断をなすまでもなく、却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川昌勝 坂本謁夫 中村匡三)

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